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"まず、量販店で食洗機のカタログを集めてきた。
ざっとカタログを見てみる。
それらのコマーシャルメッセージには、もちろん機能、能力を正攻法で訴えるものも多い。「キレイに洗う。キレイが続く」、「業界初、漂白コース!」といったものが代表的だ。
その反面、「我が家に、エコな暮らしがやってきた」、「水を節約できるから、地球にもいいんでしょ」のような、エコロジーを前面に出したものも多く目についた。
手洗いに比べて水をセーブできる食洗機で、地球にやさしくしましょう、自然のことを考えましょうという、いわばこちらの環境に対する考え方や生活そのものを問うようなアプローチだ。
単に「この機械、よく働いて便利ですよ」というのではダメなのかな。
確かに、いま時代の流れとして、家電全般がエコロジーを考えるようになっているのは間違いない。しかし食洗機に関しては、また別の理由があると思う。
食洗機というものが「ぜいたく品」、「使う人を怠けさせる製品」と思われがちな商品だからだ。導入するにあたって気が引け、一種の罪悪感をのりこえなければいけないらしいのだ。
気がつけば自分自身「私は食洗機は欲しくなかったんだけど、夫が」などとアリバイ的なことを言ってしまっているではないか。
以前、洗わないで炊ける「無洗米」が出てきた時のことが思い出される。これもまた単に「洗わないでいいし、おいしいですよ」という売り方ではなかった。
「無洗米は、とぎ水をセーブし、流し水を汚しません」とエコなアピールがされていたのだ。やはり、楽することに何らかの罪悪視があったのだと思われる。
こういうことは今に始まったことではない。
お米つながりだと、電気炊飯器が開発されたとき「お前は、自分のカカアが機械で飯を炊いて楽するのが平気なのか」という批判が出たという。有名な話だ。
世の中には、「家庭の仕事が楽になる」ことに意味もなく嫌悪を抱く人というのが、いつでも一定の数だけいるようなのだ。"